2024/ 7/15 灯台~ ドビュッシー「夜想曲」より”シレーヌ”
あれはいつの季節だったか。
らせん状の階段を上り、灯台の周りに設けられた狭い通路に出ると、薄曇りの天空と、灰色とも濁った緑色ともつかない海原が広がっていて、気のせいか地球の丸味まで感じられる光景があった。風は非常に穏やかだったが、かすかにざわめいているような、不穏な空気が感じられた。
遥かに見える水平線と灯台との間には、あたかも平面的に描かれたような、谷内六郎の表紙絵のような―――小さな船が幾隻か・・・。
しかし、私の心は、そんな広大な風景の中には居なかった。もっと別のことに心奪われていたのだ。もしかしたら、シレーヌの歌声にたぶらかされていたのかもしれない。私は、ためらいつつも、胸苦しくも甘美な抒情に身を投げ出そうとしていたのだ。
逡巡する私は、ふと、とてもかすかなざわめきを感じ、夢見心地の中から飛び出して海原に目をやり、その広大さにぐいぐいと飲み込まれていくのを感じた。私は、おそらく驚きに目を見開いていたに違いない。
さっきまで雲と接していた水平線の一部から、薄日が差し込み、何かが迫ってくる予感がした。すると、彼方から、その透明な陽光に乗って、風が吹いてくるのが感じられた。遠くの海原が白く波立ち、急速にこちらへと向かってくるのが見えた。
思わず「風が来る」と呟いた―――その時、強い風が灯台を襲ったのだ。浮かんでいた小舟たちは波にもまれつつも、沈むことはなかったが、港へと引き返しはじめていた。
私はその時、決意を固めた。風が背中を押したのだ。
「夜想曲」は、どこか地中海的な「白い岩や石壁」を想起させる。ドビュッシーの曲は、後のラヴェルやフォーレの、いわゆるエスプリとは異なり、もっと多国籍な情感をたたえているように思える。また、洗練された美というより、現代音楽へと通じる実験的な作品が多い。
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