☆ 8.ボウイングについて ☆

 筆者は、オーケストラで弦楽器を担当していることから、しばしば弦楽器寄りのノートになってしまうことをご容赦いただきたい。 今回はボウイングについてである。
 弦楽器では、弦の上で弓を往復運動させて音を出す。その弓をどちらに、あるいは、どのように動かすか、 などをボウイングというわけであるが、これは、フレージングやアーティキュレーションと密接な関係がある。 例えば、最も典型的で単純なのは、ヴァイオリンの上げ弓ではクレッシェンドが表現しやすく、下げ弓ではディミヌエンドがしやすい、 というものであるが、そのほかにも、ボウイングのつけ方で、曲の表情が一変する場合が多々ある。 ソロや二重奏程度の演奏であれば、作者の意図や音楽性を失わない範囲で、自分の表現したいようにつければよいが、 集団で演奏する場合には、その統一や擦り合わせが必要となる。もちろんこれは、観客が演奏者を見たときの美しさが本当の目的ではないのであって、 オーケストラ全体が、ある統一した表現を目指すためであることは言うまでもない。ボウイングはその点で重要である。 ピアノでもアーティキュレーションによる弾き分けはあるが、弦楽器は、人間の肉体(腕など)の運動が楽器の発音と非常に近い位置にあるため、 ボウイングが音楽の表情に与える影響のほうがはるかに大きい。
 ボウイングに正解はない、と、よく言われるが、モーツァルトのヴァイオリンソナタひとつとってみても、YouTubeでいろいろな演奏を見ていると、 非常に様々なボウイングがつけられているのに気づく。また、そのボウイングの違いが、実際の音の違い、 あるいは、曲の雰囲気の違いに直結していることにも気づかされる。また、ペータース社のスタディ楽譜でのアーティキュレーションと、 ベーレンライター社版のアーティキュレーションは、根本的な違いがはっきりと見て取れ、それぞれの楽譜に寄り添ったボウイングで 実際に弾いてみると、雰囲気が大きく違うことが実感できる。
 オーケストラは、弦楽器だけではなく、管・打楽器と一緒に演奏するので、ソロの場合ほどは目立たないかもしれないが、 弦楽器は「主食(ごはん)」であることに変わりはなく、ボウイングを軽視するわけにはいかない。
 アマチュアオーケストラでボウイングを決めるのは、指揮者である場合もあるが、コンサートマスター(コンサートミストレス)や 弦楽器トレーナーの場合が多いであろう。初回の練習の際には、ボウイングのついた譜面があることが望ましいが、これは、 早い段階から方向性を決めておけば、ボウイングに右往左往せずに練習に臨むことができ、全体練習では、 曲そのものに向き合う時間が取れるためである。全体練習の際にボウイング議論で混乱していては、ろくな練習にならず、 最終的な完成度はぐっと落ちてしまう(もちろん、途中、若干の軌道修正は必要であろうが。)。もし、ボウイング指示が遅れるようであれば、 この際、指示が下りてくるまで、自分なりのボウイングで曲に向き合うほうが、練習中にガヤガヤと議論するより、よほど「まし」であろう。 本当に大切なのは、ボウイングそのものではなく、フレージングであり、音楽を作り上げることにあるのだから。
 ところで、弦楽器には、ヴァイオリン(1st、2nd)、ヴィオラ、チェロ、コントラバスがあり、さらに各パートの中で、 旋律を2以上に分けて演奏する(divisi)こともあり、それぞれにボウイングが必要となる場合があるため、 要所要所でこれら全てを整合させる必要がある。加えて、それぞれの楽器の特性によっても考え方を変える必要がある。 これらは、パートリーダー(もしくは彼らの合議)の役割が大きいが、ボウイング合わせは、実は地道で大変な「作業」なのである。
(2018. 2.20 iwabuchi)