☆ 9.トレーニングの場としてのアマチュアオーケストラについて ☆

 アマチュアオーケストラには、様々な音楽的経歴の人々がいる。小さいころから楽器を習っていた人もいれば、 学生時代にオーケストラに入って楽器を始めた人、大人になってから習い始めた人、はたまた、数十年ぶりに楽器を再開した人、 筆者のように大人になってから独学で楽器を始めて先生に習ったことなどない人、など。当然ながら、年代もさまざまである。
 アマチュアオーケストラのメンバーの中で、継続的に専門の先生について楽器を教わっている人は、むしろ非常に少ないと思われる。 また、オーケストラの中にも、講習会など存在しない。しかし、それでもなおかつ、オーケストラは絶好のトレーニングの場である。
 まず、集団で演奏するので、多少下手でも目立たない。  オーケストラに対しては申し訳ないが、どうしても弾けないところは誤魔化しながら先へ進むことが暗黙の裡に許されている(と思っている)。 極論を言えば、個人の貢献度合いを抜きにしてオーケストラと達成感を共有することができる。また、6か月という精進期間が与えられているし、 最終的にダメだったとしても次につながる。ある程度、自分のペースでトレーニングができるのである。
 また、オーケストラで個々の演奏者に求められているのは、ソロ演奏で求められるものとは異なる。ソロ演奏で求められるような個々の音の 「美しさ」よりも、集団から発せられる音の美しさが重要であり、この2つは本質的に異なるものであると考えられる。言葉にするのは難しいが、 例えば、個々の音が若干汚くても、集団で発せられると「丸められる」という現象が起きている、と筆者は考えている。様々な性質の音が共鳴し、 別の響きを出しているように聞こえる。ただし、アンサンブルの統率がバラバラだと個々の音の汚さが目立ち、増幅される、そんな感じであろうか。 だから、裸のソロ演奏に恐怖を感じても、アンサンブルにさえ気を付ければ、オーケストラではあまり恐れる必要はない、と思われる。 (一番恐ろしいのは集団でのエアポケット:<末尾追記参照>)
 加えて、周りの音や運動性に鼓舞されて、弓や指が動きやすくなる。いわば「つられる」のである。個人的には、トレーニングという観点で、 オーケストラに席を置くことの最大のメリットはこの点であると思っている。
 家で、モーツァルトのヴァイオリンソナタをたった一人で弾いていると、自分の出す惨憺たる音に暗然とするのに、たどたどしくはあっても、 ピアノの伴奏部分を流しながら演奏してみると、意外に気持ちが「乗ってくる」ことが多いが、同じ理由であろう (バッハの無伴奏曲は、これができず、孤独で辛い)。オーケストラ曲の個人練習も重要であるが、全体練習に数多く参加することは、 はるかによいトレーニングであると感じるのは、筆者の気のせいだろうか。仲間が集まりさえすれば、アンサンブルも可能になり、 トレーニングの場はさらに増える。最近、大人のための楽器レッスン講座の中にアンサンブルを取り入れていることが多くなっているのは、 演奏の楽しさを実感させることによってモチベーションを高める工夫がされていると考えられる。オーケストラに入ることは同様の効果があるのではなかろうか。
 次に、生で他人の技を盗む機会がある。
 コンサートマスターに限らず、メンバーの中には必ず「つわもの」が存在するので、しばしば自分の演奏そっちのけで、 こっそり盗み見て参考にするわけである。それに、「あのようになりたい」と思い始めると、練習の苦痛もかなり軽減される (ただし、弦楽器のように、同一楽器が複数いる場合に限られる)。これは、演奏技術だけではなく、音楽性を高めるという点についても言える。 分奏練習などで、よいトレーナーに恵まれると、そのポイントを学ぶことができるのも利点である。
 以上、筆者のかなり楽天的な見方を書いてきたが、オーケストラで演奏すること自体には、これ以外にも様々な楽しさがある。 よく知っている曲を数多く演奏する機会に恵まれること、数多くの仲間ができること、プロの演奏家と共演できる経験ができること、など、数え上げればきりがない。
 初心者演奏家でも、思い切って、オーケストラで演奏することを是非検討いただきたい。

(追記)
 アマチュアオーケストラの現場では、様々なことが起きる。本番中に弦が切れたり、譜めくりを誤ったり、譜面がないことに本番中に気づいたり・・・などなど。
 一番恐ろしいのは、存在するはずの重要な音が消えてしまう「エアポケット」であろう。管楽器が浮き出る部分で起きるのが最も多いのではないだろうか。 連鎖反応も怖いところだが、指揮者などのフォローでたいてい切り抜けられる。
 弦楽器は、集団で演奏しているので、全員が「落ちてしまう」ことは無いはずだが、すんでのところで、という経験をしたことがある。 メンデルスゾーンのスコットランド交響曲の第4楽章中盤に、ヴァイオリンの1stと、2ndが掛け合いを演じるフガートな部分があるのだが、 突然、ほとんどのヴァイオリン奏者が同時にエアポケットに「落ちて」しまったのである。筆者を含め、 かろうじて1stと2nd合わせて数名が必死になってつないだのだが、あの恐怖は2度と忘れられない。その時の指揮者も、 あれでつないでくれなかったら崩壊していたと語っていた。
(2018. 2.20 iwabuchi)