シューベルト:交響曲第7番 ロ短調「未完成」 D759

 この曲を理解することは、いまだに困難である。演奏会で聴いたり、さまざまな録音を聴いたり、 それこそ何百回どころでなく聴いている曲であるが、いまだに理解不能である。
 暗く陰鬱な世界であるようにも見える。また、妖艶で肉感的なものをも感じさせる。 さらに、抜けるような青い空に雲が浮かぶような透明な感じ、あるいは、慰安と言った感じも受ける。 これらに共通するものがいったい何なのか、ずっと聴き続けているが、いまだに理解できない。 自分自身のさまざまな体験と結び付く部分もあるが、まるで未知の体験が含まれている気もする。 作曲家が、何かを語ろうとしているのではない―――とも思える。 劇音楽のようでもあり、心の慄きのようでもあり、宗教的な何物かであるようにも思える。 今、これを書きながら、なぜか涙が出る。美しいと言うだけで、このような体験が可能であるとは思えない。
 演奏する者にとって、この曲は、己をさらけ出し、裸にしてしまうものとして恐れられることがあるという。 知らず知らずのうちに、ある種の泥濘に足を取られてしまうのか、それとも、官能的な何物かに引きずり込まれてしまうのか。
 付け加えて言うならば、これまで、満足のゆく演奏に出会ったことは一度もない。常に、何かが違う、という感じが常に残る。 聴き終えるたびに、もっと何かが隠されているはずだ、という気持ちが必ず残るのである。 作品そのものが未完であること―――、あるいは、完成し得ぬものを表現しようとした結果、なのか。 20121030 Iwabuchi)