ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
 「傑作の森」と呼ばれる中期の最も充実した創作期の作品ですが、最初に演奏された際の批評は、 非常に冷たいものだったと言われています。 その後、メンデルスゾーンと、名ヴァイオリニストのヨアヒムによって再評価され、 今では屈指の名曲であり、ヴァイオリン協奏曲の王者と認められています。
 曲は、堂々とした風格と、人々を穏やかに包み込むような懐の広さと優しさを併せ持っており、 例えて言うならば、大空に浮かぶ白い雲がゆったりと流れるのを、静かに眺めている時のような感覚です。 奏でられた音楽に耳を澄ましていると、驚くほどの空間の広がりを感じます。 雲がひと時として同じ表情に留まらないのと同様に、同じようなテーマであっても常に表情を変えてゆく。 ある種の「調のゆらぎ」といった、微かな変化に次ぐ変化の連続が音空間を拡大し、我々を包み込んでいくのです。
 華やかな技巧とは異なり、芯が通りながら、繊細な心の震えを伝える演奏が求められ、独奏者にとっては難曲と言えるでしょう。  (20101116 Iwabuchi)