2000/ 4/24 フルート~ ドビュッシー「シリンクス」

 

 フルートの音色には、様々な色がある。

 フルートの音色は、一般的には、透明で澄んだ高音の響きと思われているが、低音部は、 どもるような、くぐもった音を出す。

 高音は、空に向かって飛び去るような、そして、飛び去ってゆくにつれて、次第に薄め られ、しまいには、空の色に溶け入ってしまうかのような響きがある。

 例えて言えば、森の中に射し込む 陽射しだ。深い森の中に分け入ると、陽射しがまっす ぐな一本のリボンのように差し込んでいる場所に行き当たる。いや、差し込んでいるよう には見えず、むしろ、地面から、森の外へと、光が天に向かって射しているように見える。 そのリボンの中を、細かい塵が、文字通り「舞い上がって」行く…。

 それは、うす青く透明な色だ。

 低音は、うす暗い深い森の中を分け入ってゆくような、そして、分け入ってゆくときに 草や木の梢が立てる時の、さらさらという音のような、そして、現れたかと思うと、突然 ふっと消えてしまう、そんな響きがある。

 例えて言えば、森の中で、高い木々のこずえが重なり合う、森の天井を見上げたときに、 木々が揺れるにつれて、きらりきらりと光る、瞬きのような陽光だ。現れては消え、また 現れては消える―――しかも、一瞬のうちに…。

 それは、緑色を帯びた影の色だ。

 ロンゴス作の「ダフニスとクローエ」という物語がある。ラヴェルの同名の管弦楽曲・ バレエ曲としても有名だ。実に単純な牧歌的物語なのだが、非常に美しい。これを読んだ ゲーテは、絶賛を隠さなかったという。

 この物語の中にも、シリンクスの由来が物語られている。それによれば、 シリンクスと いう若い娘が、牧神パーンに追いかけられたため、沼の葦に姿を変えてしまい、悔やんだ パーンが、その葦の茎を蝋付けして、この楽器を創り出した、という…。

 ドビュッシーの作になるこの曲は、そのような古代的で素朴な響きを持っており、しか も、フルートの持つ高音部の澄んだ音色と、くぐもるような、呟くような低音部の音色を、 微妙に旋律に織り込んでいる。それは、シリンクスとパーンの、それぞれの思いのように も、また、両者の想いの織り成す物語そのもののようにも聞こえる。


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