2000/ 1/12 見晴らし~ アルヴォ・ペルト「 FRATRES 」(Vn+Pf)

 

 あの見晴らしに優る感覚に、僕は未だに出会っていない。

 校舎の屋上から見晴らすと、自分の身体が浮き上がるような感覚がした。かすかな恐怖 と、そして不思議にわくわくする感じの入り混じった感覚。吸い込まれるような、手摺の 向こうから誰かに腕を引かれているような、そんな感覚だった。そして、心だけが手摺を 越えて遥かな彼方へと浮遊し始める。

 夢の中で飛んだ経験は誰にでもあるだろうが、それに似ている。ああ、僕はこうして飛 ぶのだな、などと思う…。そして、足元には何もなく、浮き上がっているような、大気そ のものとなってしまったような気がする。心地よく、そして、同時にひどく不安定な、眩 暈…。

 高い山の頂上に登って、広い眺望を我が物とした時とも違う…。そんな圧倒的なもので はない。

 もしかしたら、思春期の初めだったからこその感覚だったのかもしれない。自分そのも のの不安定さが、飛び上がろうとする憧れの強さが、そのように感じさせたのかもしれな い。どこへというわけではなく、とにかくどこかへ飛び上がろうとする心が。

 中学校の校舎の1つは、円形型の校舎だった。内部は、円筒形というか螺旋状になって いて、その螺旋の中に、下から順に教室が仕切られていた。だから教室は、その螺旋方向 に傾斜してい て、席は、まるで映画館のように階段状になっていた。廊下は、教室の並び の内側にあり、建物の真中は完全に吹き抜けになっており、休み時間になると、僕はその 廊下から、よく吹き抜けの底や天井を眺めたものだ。

 屋上への出口は、その螺旋状の廊下をぐるぐると上って、文字通り「突き当たり」にあ った。

 エストニア生まれのアルヴォ・ペルトという作曲家の手になるこの曲は、ゆらめきその もののような流れと、かすかな空気の動きのようにも思える。そして、それを聴く者の前 に、不思議に身近で、かつ広大な眺望を広げ、自然で、静かな飛翔をを促すようだ。


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