2007/ 2/ 4 静かなる逃亡~ アルヴォ・ペルト「 FRATRES 」(12Vc)

 

 逃亡することがいとも容易いように用意されている。しかも、それを容認しながら、実 際の逃亡者に対しては競争原理によって抑圧を加える。それが現代だ。

 麻薬を提供し、それに食いつく人間から搾り取るだけ搾り取る。しかも始末の悪いこと に、我々はそれが麻薬だと気付かない。それが現代なのだ。

 気違いじみた競争に血眼になることが、現代の閉塞的な状況を打ち破 り、かつての経済 的な繁栄を取り戻す唯一の方法だ、と叫ぶだけの社会。そのような社会であっても、環境 破壊や、凶悪犯罪やイジメの増加などを防ぐことが可能だ、と平気で信じている社会。一 体誰がこんな社会へと牽引してきたのだろう。

 人工知能さえあれば、単純作業から完全に解放され、人間はより高度な作業のみを行う ことができ、ひいては経済、文化、科学技術の永遠の発展が約束される、と平気で信じ、 我々自身が退化の一途をたどっていることに気付いていない社会。かつて、夢を追い求め ることを「働く」と称していた団塊の世代たちが、それらに異議を唱えないばかりか、呆 れたことに、自ら溜め込んだ貯金をどうやって使おうか、とそればかり考えている。

 誰もが何のために働いているのか分からぬままに、ただ、いかに消費させ、麻薬をかが せ、金を引き出させるか、という一点にのみ終始する。

 安い労働力を求めて海外に進出し、その次に、それらの労働者たちが得た賃金を目当て に、新しい文化を「買わせ」る。

 彼らは決して楽をして金を儲けようとしているわけではない。ただ、自分たちが何をや っているのかについて無知なだけなのである。

 若者たちの幻滅感の背景にあるのは、そういった時代の空気だ。

 若者たちが部屋にこもり、あるいはネットカフェを転々として、生命をつなぐ最低限の 生活をしているのは、「働く」ことに魅力が無いからだけではない。

 逃亡するための麻薬を用意し、しかも、それを搾取に利用しているコマーシャリズムが 存在するためなのだ。我々は、なぜそれを許しているのか。我々はそれを拒否すべきだ。

 その「麻薬」とは、乱立するエンターテインメント産業であり、我々をバーチャルな世 界に閉じ込めるディジタルシステムである。

 その二つは、「働く」という行為と、「遊ぶ」という行為をダブらせてしまい、自分が 一体何をしているのかを見えなくしてしまう。ちょっとでもよろめいたが最後、我々は呑 み込まれ、現実の世界へ戻れぬまでに無感覚にされてしまう。

 静かなる逃亡が進行し、拡散し、この国を覆いつくそうとしている。まるでこの音楽の ように、着実に。

 我々は何を作るべきか、そして何を手に入れるべきか―――改めてこの二つを考え直す 必要がある。


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